嫌な小学生

 僕の小学生時代を振り返ると、嫌な小学生であったと思います。友達の家での食事会に呼ばれても急に気後れして行かなかったり、誕生日会にも行かなかったことがありました。趣味の会う友達はいましたが、当時の性格とか日本の歴史に偏った趣味からすると、あの友達は奇跡のような存在であったと思います。クラスで嫌われている人に対して、尻馬に乗ってひどいことを口走ったりもしました。同調圧力に屈してのことですが、今の僕からすると許されない言動であったと思います。高学年になって転校しましたが、勉強も大してできずスポーツも苦手、性格も暗かった自分はクラスカーストの下位であり、仲良くしてくれる友達はいましたが、僕は何か屈折した付き合いであり、良い友達ではなかった。よく6年間乗り切ったなと思います。中学になって、勉強が少しずつできるようになって、何とか足場を確保できましたが、やはり人に対する接し方は屈折していて、いろんな意味で魅力のない人間だったと思います。自分の複数の身体的特徴をコンプレックスに感じていて、それが自分を抑えつけていることは、子供時代に見た夢で理解したのですが、一方でそれだけで自分が解き放たれるとは信じがたく、親にそんなこと言うわけにいかず、屈折した心理も誰にも言えず、まっすぐに生きていた人に比べてずいぶんと無駄な生き方をしていたものです。受験勉強がなければ、そこである程度の成果が出ていなければ、僕は人生は今よりずっと極まっていたに違いありません。過去の自分は嫌いですが、そこを抜けてきて曲がりなりにもまっとうな生活をしている自分がいることは不思議でもあります。劇的な変化点はなく、過去の延長線上に現在があると思うと、良い意味で微差の積み重ねをしてきたことでこれまでも変わってきたし、これからも変わっていけるという気持ちになってきました。

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