20分の邂逅のための往復3時間

 昨日は特に想い人とかではなかったが、長年お世話になっていた人に、ふとしたきっかけで会いたくなり、3年ぶりにお会いするために、1時間半下道を運転し、九十九里海岸のある町まで行った。最初に出会ったのは今から四半世紀以上前になるだろうか。光陰矢の如しで、四半世紀の付き合いが続いているのは稀有なことと思うが、ここ3年間は食事する機会もなくお互いの消息もたまねぎを通じてしか知らず、ただラインは使える人だったので、ラインでのやりとりが最近はじまったのが、出会うきっかけにもなった。

 四半世紀の時の流れはある意味暴力的で、特にこの2年間の不要不急はオンラインの流れが、人との関係をいよいよ疎遠にさせている。この人も今年で再任用も切れて完全退職となるらしい。家では農業が待っているようで、今はすでに相当程度、軸足を農業にシフトしているようである。

 僕が何かのきっかけで、これまで生きてきた中で一番影響を受けた人は誰かとか、聞かれても、この人の名前が挙がることはないだろう。尊敬する先輩ではなく、師範とすべき上司でもなく、良き先輩同僚であったからだ。生き方で学ぶところがあるとか、そういうのはないが、肩書を問わずいつまでもお付き合いを続けたい、そう思える人であった。こういう肩の力を抜いて職場を去り行く人がどのぐらいいるのか、年齢が伸びてどうマネジメントしていくのか、課題は多そうです。

 再任用とかでなく、退職して企業を渡る人たちも何人かはいますが、見た目ほど条件は良くないようであり、役員とかの裁量権もさまざまで、晩節を汚すような人も見てきました。そこには最後は収支尻をあわせるための抵抗のような話もありましたが、そういう処遇の面での不満は入り口と、自腹でお付き合いを強要される幹部職員に二極化している。全般的に野戦状態にあって、戦力資源が適切に配分されていないことへの不満は隠れているが、5年も放置し繰り返されれば、いい加減に何とかしろということになる。

 自分も49歳になろうとしていて、周囲の人では疾患で急死するような人も時折、耳にするようになっつています。人生100年とか言われ、たしかに50ぐらいでへばっていては折り返しより先の50年間を生きるのも大変ですよと、これは医師から聞いたことがあります。死の不安を身近に抱えつつ100年の計も立てないといけない。現役という期間はやっぱり短く、ここに照準が合っている人生だと思うと、あまりに体を傷めつけてはいないのかなと考えてしまいます。まあ、社会全体は人の健康状態に敏感になり、場合によっては同調圧力を駆使してマスクをさせる、ワクチンを受けさせる、といったことで、人の健康に関心を持つようになっていますが、これにより医療費は減るのでしょうか。

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