よく、後世になって発見される日記というのがあります。あの日記というのは、その時の書き手がどのような心境で綴っているのか、不思議に思っていました。ただ、この半年、日記やブログを書くようになると、日々の記憶の定着や、文章力の向上には、確かに寄与するように思いました。特にブログについては、誰かに読まれる可能性のあることを前提にして、書くことになるので、ある程度かたちを整えて、自分の思いも整理する、整理をしようとすると、感情的な表現は抑えようとしますし、できるだけ一般化して、ほかの人が読んでも役に立つようなものを書こうという気持ちになります。現状としては、このブログとは別にnoteで投稿を続けており、こちらのブログは誰にも案内していないので、アクセスがありませんが、noteの方は時々読まれて、いいねを押されているので、なんとなくnoteの方はすぐに読まれることを前提に、こちらは読まれることを意識しつつも、後世に発見される日記のようなもので、より長いスパンを意識した物書きをしています。日記をつける先人たちが、単に習慣として書いていたのか、自分の明日への糧とすべく書いていたのか、個々人の動機がよくわかりませんが、日記なりブログなりを書くことは、間違いなくプラスになると思います。一昨日ぐらいまでは、気分が悲観的なモードになり、今の居場所は長居をすべきでないと思っていたのですが、数日で状況が良い方向に転じ、もう少し前向きに頑張ってみようという気持ちになりました。人の心は移ろいやすく、飽きっぽく、頼りにならないものですが、見方によっては気の持ちようで世の中の多くのことは、面白くすることができる。濡れて重くなった気持ちは天日に乾かして軽くすることができる。そのように気持ちの変化を、書くことを通じてあらためて手触りを確かめることができた一週間でした。
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