少し寝たのだろうか、朝になると、神通力の彼女が立っていた。
「どうですか。夢を見る気になりましたか?」
「どうも、現実世界は、僕をこの空間より外に出すつもりはなさそうです。僕の肉体はもちろんのこと、現実世界を画策するための心さえ、しょせんは今生だけのものだとわかりました。もはや、何かをなすことをあきらめています。」
「そうでしょう。次の生に、この世の何物も、持っていくことはできないのです。」
「夢の前に、神通力でなんとか、僕の病を取り去ることはできないのでしょうか」
彼女は少し悲しい顔をした、ような気がした。僕にもわかっている。無理なのだろう。僕は目を瞑ると、声が聞こえてきた。
「私の力は、現実世界に及ぼす力ではないのです。現実世界は、目には見えないけれど、隙間がないほど、あらゆる力が詰め込まれているのです。何かの力を作用させれば、世界は無数の連関を経て、改変させてしまう。そうした作用が繰り返され、世界は常に変化しています。あなた一人の病とはいえ、その病を治すためには、現実社会の無数の連関を操作しなければなりませんが、それは不可能です。ごめんなさい。」
「いいんですよ。僕も無理だと思っていました。夢をせめて、見させてください。」
「わかりました。私がお見せする夢は、貴方の思念の結実です。」
「思念の結実?」
「そうです。覚えていないことですが、奥底の思念には残っている。現実の体験ではないのですが、貴方がいつぞやに思い描いた世界のようです。」
「いつぞやに?」
「そのようにしか、申し上げることはできません。その思念が、別な世界で開花し、世界をつくりあげた。」
「一人の人間の思いが世界をつくるなんて、そんなことがあるのですか。」
「人間の心とは世界と等価のもの。この現実世界も、人間の誰かが、作ったのかもしれません。」
「この世界があって、人間が生まれた。その人間が世界をつくることなんて、矛盾しませんか。」
「ひとことで説明するのは難しいですが、この世界は無数の平行世界で形成されており、それぞれが生み出した世界は時間的には輪切りの重なりでできあがっています。」
「なんだか、難しくなってきました。僕にとってはどうでもいい。その、思念の結実とやらをみせてもらいましょうか。」
僕は現実の夢の境をさまよいつつ、別世界に至る。
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